Vol.1 植松 千代美先生
――あなたがあきらめない限り、道はつながります
植松 千代美 講師
大学院理学研究科
植物進化適応学研究室
Q.1 まずは、植松先生のご研究について伺いました!植松先生はどんなご研究をされていますか?
最近は植物園の研究室で一緒に研究したいと希望してくれる学生さんも増え、構想をあたためてきたテーマが、ようやく日の目を見るようになってきました。まだ着手したばかりのテーマもありますが、今日はこれまで細々と(笑)続けてきた4つの研究テーマについて紹介します。
1.枝変わり突然変異機構の解明

1個体内にピンクの花と白地にピンクの斑の入った花をつける枝垂れ性八重咲きのハナモモ‘源平’。
ハナモモやウメ、ツバキやツツジでは1株に斑入りの花と斑のない花の両方をつける品種が知られています。果樹の品種改良では優良品種を作る手段として枝変わり突然変異が古くから利用されて来ました。例えばモモの白鳳や白桃には枝変わりで生じた品種が沢山あります。しかし、一般に枝変わり突然変異の仕組みには未解明の点が多くあります。そこで、花色の斑入り変異をモデルシステムとして、園のコレクションであるハナモモやウメ、ツバキを用いて枝変わり突然変異の分子機構解明をめざしてきました。これまでにハナモモのピンク色花弁で働いているPeace遺伝子(アントシアニン系色素の合成をつかさどる遺伝子の発現を調節する遺伝子)を単離し、この遺伝子が働かないと花弁は白くなることを明らかにしています。現在はPeace遺伝子の働きを調節している仕組みの解明をめざしています。興味のある方はこちらをご覧ください。
2.緑のサクラ出現のメカニズムを探る

緑の花をつける桜の品種‘シンニシキ’。
植物園には黄や緑の花をつける桜の品種‘ウコン’(鬱金)、‘ギョイコウ’(御衣黄)、‘シンニシキ’(新錦)が植栽されています。これらのうち‘シンニシキ’は、大阪堂島に生まれた在野の桜研究家・笹部新太郎氏が1957年に当園に導入したことが記録に残っていますが、 当園の個体以外にはどこにも残っていないようです。これら緑の桜3品種が互いにどのような関係にあるのか、どのようにして緑の花をつける品種が生じたのかを明らかにしようとしています。花や花弁の形態ならびに花弁のクロロフィル(緑色の色素)含有量から ‘ウコン’、‘ギョイコウ’、 シンニシキ’は相互に識別できましたが、遺伝子解析ではこれら3品種は16種類の遺伝マーカーについて完全に同一の遺伝子型を示しました。これらの結果は緑の桜3品種が互いに枝変わり突然変異の関係にあることを示しています。今後は緑色の花を生じる仕組みを明らかにして行きたいと考えています。
3.バラ科の系統進化学的解析
バラ科に属する植物は約100属、約3000種といわれ、バラ亜科、サクラ亜科、ナシ亜科、シモツケ亜科の4つの亜科に分類されます。バラやサクラを初めとする鑑賞用植物や、リンゴ、モモ、ナシ、サクランボなど多くの果樹を含み私たちには身近な科と言えます。そんな身近な植物ですが、亜科間の関係については良くわかっていません。そこで葉緑体DNAの構造変異を指標として、亜科間の関係を明らかにする事を試みています。簡単にDNAの塩基配列が読める時代に、今さら構造変異?と思われるかも知れませんね。でも、必ずしも塩基配列に頼らなくても、DNA断片の長さの違いとして検出できる構造変異を調べることで明らかになることもあります。(もちろん塩基配列の決定を否定するつもりはなく、私たちのグループでも塩基配列を読んでいます。)これまでにサクラ亜科のモモやスモモ、アンズなどを含む14種の葉緑体DNAの構造を調べて、栽培モモだけに特徴的な構造変異を見つけました。この変異を指標にして、モモの起源を探そうとしています。私たちが食べている美味しいモモは何から生じたのでしょう?
(本研究テーマは神戸大学農学部食資源教育研究センターの片山研究室と共同で実施)
4.ナシ属植物の探索・評価と利用に関する研究
植物園には1950年代に京都大学から導入されたナシ属コレクションがあります。これらの中には現在では現地からの導入が困難な中国のナシや、地中海沿岸地方のナシ、あるいは日本の野生ナシであるイワテヤマナシやアオナシ、マメナシなどが含まれており、しかも京都大学ではいったん途絶えてしまったという貴重なコレクションです。
現在食用とされている日本の栽培ナシ(以下、日本梨)はその起源が明らかではなく、その成立に関与した可能性のあるイワテヤマナシ(日本に自生する野生ナシの一種)に注目し、北東北のナシ属植物の分布調査、収集、評価を行って来ました。その結果、岩手県の北上山系に最も分布が多いこと、果実の色、形態、熟期、香り、酸度、糖度などの形質について非常に多様性に富む事が明らかになってきました。葉緑体DNAの解析結果からこれら収集個体の8割以上が日本梨との雑種であることが判明しました。また、核のDNA解析の結果からは、真のイワテヤマナシが北上山系のごく一部にしか残されていないことがわかりました。これらの研究成果によりイワテヤマナシは2007年、絶滅危惧ⅠA類に指定されました(現在は絶滅危惧ⅠB類)。
現在これらの個体は神戸大学農学部食資源教育研究センターの片山研究室で接ぎ木により保存され、その一部は植物園でも保存しています。基礎研究の結果、現在の日本梨にはない有用な形質(香りや高い酸度、極早生性、無核性など)を持つことがわかり、育種母本としてだけでなく、ジャムやジュース、菓子や料理の素材として利用価値が高いと考えられます。今では地元岩手でも忘れられつつあるイワテヤマナシですが、多様性豊かな遺伝資源として岩手にお返しし、地域興しに活用していただくのが私たちの夢です。そのための新たな利用方法の開発も行っています。
(本研究テーマは神戸大学農学部食資源教育研究センターの片山研究室と共同で実施)
さらに詳しい情報は植物進化適応学研究室のHPをご覧下さい。
古くから日本では果樹などの食用を目的とした品種改良の他に、園芸品種の改良も盛んにおこなわれてきました。この園芸品種の改良は江戸時代に栄え、サクラやウメやモモなどの様々な種において美しい花を咲かす品種が作られたそうです。現在我々が目にする花たちは、江戸の人々の工夫や努力の末に生み出されたものかもしれません。しかし今となっては、その花たちが「いつ何からどうやって作られたのか」を知る人はいません。つまりは、そういった花たちの「起源」を遺伝子から探っていくというのが植松先生の研究テーマの一つだそうです。私も進化生態学者として「自然界における動物の進化」を追っていますが、人間の文化によってもたらされた植物の進化についてアプローチされている植松先生のご研究は、単に生物の進化だけではなく、人間の文化や歴史を考える上でも大変興味深いなと感じ、新鮮でした。
Q. 2次に、自然に対する理解を深めるための環境教育プログラムの開発活動の一環である「都市と森の共生を目指す研究会」について紹介していただきます!この研究会ではどのようなコンセプトでどのような研究をされているのでしょうか?
都市と森の共生を目指す研究会

植物園のメイン園路にそって広がる日本産樹木見本園。
はじまりは60年前
大阪市立大学理学部附属植物園、通称「きさいち植物園」は2010年、創立60周年を迎えました。第二次大戦中に満蒙開拓団の訓練道場として開設され、敗戦でその役目を終え、1950年に大阪市立大学に移管されて植物園として発足しました。植物生態学の先輩達はここを植物園とするにあたり、日本の代表的な11の森を再現展示することを決めました。それは世界に例のない壮大な実験の始まりでした。
都市と森
今、私たちの多くは都市で便利な暮らしを享受しています。しかしその大地はアスファルトで覆われ、生息できる植物や虫、鳥、動物は限られています。都市は人間の数だけが突出したアンバランスな生態系と言えます。私たちは生存に不可欠な酸素や食糧を森や農地など都市以外の生態系に依存しています。一方的な依存は都市と森の永続可能な共生の姿から遠くかけ離れています。
私たちにできること
生物多様性が失われ、地球温暖化が進行する今、自然の大切さが再認識されています。しかし日々の暮らしが自然から切り離され、何をどうしたらよいのか、わかりにくくなっています。
私たち「都市と森の共生をめざす研究会」はこの植物園をフィールドとして、都市に暮らす私たちにとって森や自然がなぜ、どのように大切なのかを明らかにすることをめざしています。それは60年前に始まった「森を作る」壮大な実験の成果を見極め森の植物園の役割を解明することにほかなりません。研究の一部を市民参加の「森の教室」として実施し、自然の大切さを体験的に知っていただこうと考えています。基礎研究とイベントを通じて都市と森の共生のために私たちにできることを模索し発信しております。
プロジェクト
2009年、日本生命財団からの研究助成をきっかけにこの研究会は発足しました。2年間に渡り森林、動物、草本植物など様々な分野の12人の研究者が、学生・院生・在野の専門家を含む50人を超える仲間と共に、森林のCO2吸収機能や、その森に生息する生物の多様性を明らかにしてきました。財団からの助成は終了しましたが、研究会メンバーは手弁当で植物園の森での調査を続けています。このプロジェクトの成果は「都市・森・人をつなぐ−森の植物園からの提言」として7月には出版予定です。
詳しくは都市と森の共生をめざす研究会のHPをご覧ください。
植物園の森自体が60年にわたる研究の大きな研究成果そのものなのですね。森をはじめとする自然と人間との共存は、全人類共通の課題です。森の多様性を損なわずに人々の暮らしと森をどう結びつけるかということを、多くの人たちがこの植物園から学び考えてくれると嬉しいですね。
Q. 3 植物園というフィールドそのものに勤務して研究されるうえで何か心がけていらっしゃることや、特別な思いはありますか?
植物園に勤務するものとして研究を進める上で、常に心がけて来たことは、「研究の題材を園内の生き物の営みの中に見つけ出す」ということです。動植物含めて自然はまだまだわからないことがいっぱいです。園内を歩いていると、え? どうして? 面白い! 不思議! に出会います。その中にはすぐに研究テーマになることもあれば、しばらくあたためておかないとアプローチできないテーマもあります。熟成期間が必要なのです。それは多分、私がその現象にどう迫ったらよいかをあれこれ考え、勉強し、構想を練るために必要な時間なのでしょう。植物園は研究テーマの宝庫です。こんな場所と巡り会えて、幸せだったなあと思います。着任した当初は、そんなことには全く気づきませんでしたが(笑)。
生物学の研究対象としてだけでなく、自然科学全般、それどころか人文科学や社会科学の対象となり得る部分もあります。ぜひ、色々な分野の研究者に利用して欲しいですね。
研究の題材がゴロゴロころがった宝の山を独り占めするつもりはありませんので(笑)
私自身も海をフィールドに研究をしていますが、海の中でも面白い不思議に出会います。不思議に出会うことは割と簡単ですが、先生のおっしゃる通りその不思議を解明するどころか、どの不思議を選んで研究してみるかを決めることすらなかなか簡単にはいきません。また、古くから私たちの生活の隣にあった草花や木々から、人々の文化や歴史について知るためのヒントを得られるかもしれませんね。研究家、研究者、研究者を目指す皆様、たまには息抜きに植物園を訪れることで、研究のヒントを見つけることもできるかもしれません!
Q. 4 最後に本学における女性研究者研究活動支援事業への思いを聞かせていただきました。
大阪市立大学にも女性研究者支援室ができたことをとても嬉しく思っています。世の中では男女共同参画がうたわれ、なぜ女性だけを支援するの?と思われる方もいらっしゃるかも知れません。それでも統計に表れる通り(統計を見なくても皆さんのまわりの男女の比率を見ていただければ一目瞭然でしょう)ごくわずかの分野を除いては、いまだに女性には有形無形の沢山の壁があります。女子学生や院生、若手の研究者たちが、それにひるむことなく、自分の好きな分野や職業に挑戦して欲しいと思います。運良く(と言わなければならない状況がやはりおかしいのですが)研究できるポジションを得た後も、道は平坦ではないでしょう。壁にぶつかっても簡単には諦めないで下さい。あなたが諦めない限り、道はつながります。たとえ当初の目的地とは異なったとしても、しなやかに、したたかに、生き延びましょう。「継続は力なり」です。それにしても支援事業に期待したいのは、大阪市大の女子学生・女子院生・女性教職員が元気をもらえるような活動を展開して下さることです。植物園という遠隔地ゆえ、なかなか事業に参加できないのが残念ですが、これからの活動を楽しみに見守らせていただきます。
現代では社会の様々なシーンで女性たちが活躍しています。ですが、その輝かしい活躍の裏にある困難や苦労はなかなか見えづらいのかもしれません。本学の女性研究者支援事業では、女性が研究を続けるうえで直面しうる課題を多くの人に理解してもらうのと同時に、女性がその困難へどう対処していくかを考える、または対処への手助けをできるように努めていきたいと思います。そのためには女性だけではなく、男性も含め多くの方によるご理解とご協力が必要です。まずは「女性が研究を続けやすい環境」を整え、いずれは「女性にとって研究・勉強しやすい環境」=「男性、学生、みんなにとって研究・勉強しやすい環境」を作っていけたらと思っております。
(黒字:植松先生 青字:関澤)
インタビュアー
女性研究者支援室コーディネーター
関澤彩眞 博士(理学)
ウミウシの配偶行動を研究している本学理学研究科博士研究員